平成13年四月二五日判決言渡・同日原本領収 裁判所書記官 平成九年(行ウ)第六三号公務外認定処分取消請求事件 (口頭弁論終結の日 平成十三年一月二九日) 判   決 大阪府豊中市服部寿町二丁目一九番二八号 原 告 西田初代 兵庫県宝塚市中山寺三丁目五番一号 同 宮崎美弥子 右両名訴訟代理人弁護士 大澤龍司 高木甫 位田浩 竹下政行 平方かおる 大阪市中央区大手前二丁目一番二二号 被 告 地方公務員災害補償基金 大阪府支部長 齊藤房江 右訴訟代理人弁護士 太田真人 今泉純一 主 文 一 被告が、原告西田初代及び原告宮崎美弥子に対し、地方公務員災害補償法に基づき、それぞれ平成五年一月一二日付けでなした公務外認定処分はいずれもこれを取り消す。 二 訴訟費用は被告の負担とする。 事実及び理由 第一 請求 主文と同旨 第二 事案の概要 一 本件は、学校給食調理員として給食調理作業に従事してきた原告らが、両手指変形性関節症等に罹患し、被告に対し、地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づく公務災害認定の請求をしたが、被告から公務外災害と認定する処分を受けたため、その処分の取消しを求めた事案である。 二 争いのない事実 1 本件処分 (一) 原告西田 原告西田(昭和八年五月一〇日生)は、昭和四五年九月一日、豊中市に学校給食調理員として採用され、そのころから同市立第二学校給食センター(以下「第二センター」という。)で、また、昭和五一年八月二五日から同市立第三学校給食センター(以下「第三センター」という。)で、さらに、昭和六一年九月一日から第二センターで、給食調理作業に従事してきたが、平成四年三月をもって退職した。 原告西田は、昭和五五年ころから、両示、小指第一関節、左小指第二関節が腫れて変形していることに気付き、昭和五八年ころからは調理作業で手先を使うときに痛みを感じるようになり、これらの疾患につき、昭和六一年三月ころ、市立豊中病院で両手指変形と診断され、昭和六三年一二月八日、医療法人南労会松浦診療所において両手指変形性関節症、両手指スワンネック変形と診断され、さらに平成元年一月一二日、市立豊中病院においてヘバーデン結節と診断された。 原告西田は、平成二年五月三一日、右の両手指変形性関節症、両手指スワンネック変形、ヘバーデン結節との診断(以下「原告西田の本件疾病」という。)について、地公災法に基づき、これが公務である給食調理作業に起因して発生したものであると主張して被告に公務災害認定を請求した が、被告は、平成五年一月一三日、原告西田の本件疾病を公務外災害と認定する処分(以下「原告西田に対する本件処分」という。)をした。 原告西田は、同年三月二二日、地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し審査請求をしたが、平成八年八月七日、右審査請求を棄却され、更に、同年一〇月一一日、地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが、平成九年五月一四日、右再審査請求も棄却され、その裁決書の謄本は同年六月一〇日、原告西田に送達された。 (二) 原告宮崎 原告宮崎(昭和一四年一月二一日生)は、昭和四九年五月一〇日、豊中市に学校給食調理員として採用され、そのころから第二センターで、また、昭和六一年九月一日から同市立第一学校給食センター(以下「第一センター」という。)で、給食調理作業に従事してきたが、平成五年四月一日付けで小学校用務員に配置換えとなり、平成一一年三月をもって豊中市職員を定年退職した。 原告宮崎は、昭和六〇年三月ころから、左示指第一関節が少し腫れて痛むようになり、昭和六一年二月ころからは右の痛みが増し、また、同指が曲がってきて、そのころ、市立豊中病院でヘバーデン結節(左手)と診断され、昭和六三年六月ころからは左中、小指も痛みだし、そのころ同病院で両ヘバーデン結節と診断され、同年一二月八日、医療法人南労会松浦診療所において両手指変形性関節症と診断され、さらに昭和六四年一月一二日、市立豊中病院においてヘバーデン結節と診断された。 原告宮崎は、平成二年六月一日、右の両手指変形性関節症及び豊中病院でのヘバーデン結節との診断(以下「原告宮崎の本件疾病」という。)について、地公災法に基づき、これが公務である給食調理作業に起因して発生したものであると主張して被告に公務災害認定を請求したが、被告は、平成五年一月一三日、原告宮崎の本件疾病を公務外災害と認定する処分(以下「原告宮崎に対する本件処分」という。)をした。 原告宮崎は、同年三月一七日、地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し審査請求をしたが、平成八年八月七日、右審査請求を棄却され、更に、同年一〇月一一日、地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたが、平成九年五月一四日、右再審査請求も棄却され、その裁決書の謄本は同年六月一〇日、原告宮崎に送達された。 2 変形性手指関節症の病像 両手指変形性関節症とは、変形性関節症が両手の手指に発症した場合の診断名であり、手指関節の軟骨及び軟骨下骨の変性破壊が進む一方、そのことによる関節の不安定性を代償する形で新たな骨の新生が生じ、また炎症所見も認められるものである。症状としては、関節部位の腫脹、落痛、発赤であり、末期になると関節に新生した骨が隆起し結節を作る。 なお、示指から小指までの遠位指節間関節(DIP、第一関節ともいう。)に生じた結節をヘバーデン結節、近位指節間関節(PIP、第二関節ともいう。)に生じた結節をブシャール結節といい、これらは変形性手指関節症の症状の一種である。 また、スワンネック変形はPIP関節が過伸展し、DIP関節及び中位指節間関節(指の付け根の関節、MP関節ともいう。)が屈曲して白鳥の首のような変形の様相を呈した状態をいう。 3 原告らの公務従事経緯 (一)原告らが従事していた給食調理作業の流れは、概ね、午前中に、順次、食材の搬入、食材の下処理(洗浄、皮むき)及び上処理(切裁)、調理(釜仕事)、食缶への配食、学校への配送、調理室及び調理器具の清掃及び後片づけを行い、午後は、順次、戻されてきた食缶の残滓取り、食器食缶の洗浄、食器食缶の整理保管を行うというものであった。 (二)原告西田が勤務した各センターにおける昭和四五年から平成二年までの給食調理員一人当たりの平均調理食数(所属施設において一日に調理する給食数を当該施設の給食調理員数で除して算出した給食調理員一人当たりの一日の調理食数をいうものとする。所属施設が給食を担当した学校の各年度五月一日現在の児童生徒数及び教職員数の合計を調理員数で除した数である。)は別紙平均調理食数一覧表の「原告西田」欄記載のとおりであり、原告宮崎が勤務した各センターにおける昭和四九年から平成二年までの給食調理員一人当たりの平均調理食数(右回)は同一覧表の「原告宮崎」欄記載のとおりであった。 なお、学校給食要覧(日本体育・学校健康センター編)によって認められる調理員一人一日当たりの調理給食数の全国平均は同一覧表「全国平均」欄記載のとおりである。 三 本件の争点 原告らの本件疾病が同人らの公務である給食調理作業に起因するものか否か 第三 争点に対する当事者の主張 一 原告らの主張 1 公務起因性に関する認定基準 地公災法の補償対象となる疾病等と公務との相当因果関係の判断は、その疾病等が公務に内在しあるいは随伴する危険の現実化したものと評価されるか否かによって判断されるべきであって、その場合、当該疾病の発症機序が明らかでなく、また自然科学的証明がなされていない場合でも、疫学的検討等によって、公務と疾病との問の因果関係の存在について通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信が持たれたならば相当因果関係は肯定されるべきである。 被告は、相当因果関係が認められるためには、公務が相対的に有力な原因であった場合でなければならないとし、これを踏まえて公務過重性の認められることが必要であると主張するが、公務が相対的に有力な原因でなければならないとの限定を加える論理必然性はないし、またその判断基準に公務の過重性を要求する理由もない。 2 給食調理作業による公務起因性 (一) 変形性手指関節症の発症機序 給食調理員に変形性手指関節症が発症するのは、その従事作業のため手指に反復して外力が加わることにより、指節間関節への過度の負荷、筋力低下、指関節の通常方向とは異なる方向への屈曲などが起こり、指節間関節の軟骨、次いで軟骨下骨が破壊され、他方、関節の不安定化を代償しようとする生体反応が働いて骨の新生が生じ骨疎形成に至るものと考えられる。 従来、変形性手指関節症は、加齢、ホルモン、遺伝などが関係するもので、病状は一定期間進行するがやがて進行を止め落痛も軽減する静的な疾病と考えられてきたが、手指を酷使する給食調理員に発症する変形性手指関節症の場合は、炎症症状が何度も繰り返されるため病状は進行し増悪し続けるという経過を辿っている。 (二) 給食調理員の公務に内在し、随伴する手指への負担 給食調理員の公務には、以下のような手指に負担となる作業が含まれている。 (1) 食材の搬入、取り出し段階 段ボール箱の処理(ホッチキスやガムテープを剥がしたり、箱を潰したりする作業).や食材運搬。 (2) 食材の下処理及び上処理段階 食材の洗浄や切裁、解凍食品解凍のための水槽への出し入れ、水槽内での肉の引き剥がし、洗米(ただし、米飯給食は昭和五九年四月に導入)、計量等のための食材運搬。 (3) 調理段階 回転釜(一つの釜で約一〇〇〇食分を調理できる。)のハンドルによる操作、調理途中での釜洗浄、大型木かいを使用しての食材等の撹拌。 (4) 食缶への配食 灼を使用しての食缶への配食、一応の分配終了後の過不足調整とその際の食缶の開閉。 (5) 調理器具等の洗浄及び清掃 男性調理員が学校へ給食配送に出た後の女性調理員による調理器具等の洗浄や調理室の清掃 (6) 食缶、食器の洗浄、保管 戻されてきた食缶の開閉と洗浄、食器の洗浄と食器洗浄機に入れるためのべルトコンベアヘの一枚ごとの配置、洗浄後の食器の食器籠への分配と食器籠の食器棚への収納。 (7) 学校休暇中 センター全体の清掃。とりわけ、床の簀子の清掃。 以上のような作業は、一般家庭にも存するものではあるが、給食調理員の場合、その処理量は膨大であり、使用する食器もアルマイト製などの扱いにくいものであって、手指にかかる負担は日常生活におけるものとは比較にならないほど過重なものである。 (三) 給食調理作業の変形性手指関節症発症の危険性 医師ら研究者の調査、研究によれば、全国の学校給食調理員には変形性手指関節症が多発していること、この発症率は、勤続年数が長くなるに連れて増加し、一人当たりの調理員が作る総調理食数(平均調理食数を経験年数分合計した数値をいうものとする。) が増加するほど大きくなることが多数報告されている。 被告が公務過重性の判断基準の参考として依拠する後述の中央労働災害防止協会の報告(以下「中災防報告」という。) でも、給食調理業務が変形性手指関節症の発症に関与していることが示唆され、両者間に因果関係のあることが推測される旨の報告がなされている。 そして、この中災防報告のなかで得られた調査資料を疫学的に分析するときは、経験年数が六年以上で、総調理食数一〇〇〇食を超える給食調理員が変形性手指関節症を発症した場合、その変形性手指関節症が給食調理作業に起因する蓋然性は一〇〇パーセントになる。 以上によれば、給食調理員の公務には、変形性手指関節症を発症させる極めて高度の危険が内在、随伴していることは明らかというべきである。 (四) 原告らの本件疾病とその公務起因性 原告らが勤務した給食センターでの給食調理員一人当たりの調理食数は前提事実記載のとおりであるが、実際には不足を考慮して、人数分より一ないし二割程度多めに調理していた。 原告らもその所属した給食センターで、右(二)のとおりの手指への負担を伴う作業に従事してきた。 原告らが、ヘバーデン結節を含む本件疾病に罹患していることは医師の診断等によって明らかであるし、原告らが従事してきた公務内容、勤続期間などからすると、原告らの本件疾病は原告らの公務に起因するものというべきである。 3 その他の要因の不存在 原告らが慢性関節リウマチその他関節の落痛や変形を来す原因となる疾病に罹患しているとの事実はないし、原告らの近親者中に変形性関節症に罹患した者もいない。 原告宮崎はママさんバレーのチームに所属してバレーボールの練習などにも参加してきたが、原告西田の疾患がバレーボールの突き指によるものでないことはその症状から明らかである。 4 よって、原告らの本件疾病を公務外と認定した被告の処分は取り消されるべきである。 二 被告の主張 1 公務起因性の判断基準(以下「被告主張の判断基準」という。) 地方公務員の疾病が地公災法による補償の対象となるには「公務上」のものであることを要するが(地公災法二六条)、「公務上」の疾病と認められるためには、当該公務と疾病との間に条件関係があるというのみならず、法的にみて災害補償を認めるのを相当とする関係、すなわち、相当因果関係の存することが必要である。 この相当因果関係は、当該疾病が公務に内在する危険が現実化したものと認められるかという価値判断の要件として機能するものであるが、これが肯定されるときは、条件関係を有する無数の原因の中の一つである公務のみにすべての危険責任を負わせて全損害を補填させることになるのであるから、相当因果関係を認めるためには、少なくとも、公務が、災害を引き起こすその他の要因との関係で相対的に有力な原因であったと評価できることが必要である。 2 変形性手指関節症発症に対する公務上外の認定基準 (1) 変形性手指関節症 変形性手指関節症は変形性関節症の一種であり、退行性(老人性)変化と同時に増殖性変化が起こって結節を生じるなど関節周辺の形が変形するものである。発症の初期には関節周辺の炎症性変化による落痛を伴うものがあり、結節も初期には柔らかいが数か月から数年のうちに硬い結節となり、この時期には落痛はほとんど消失する。加齢に伴う関節の老化現象として、または、老化現象に機械的な影響が加わって発症するほか、外傷、新陳代謝異常が関与することが判っており、遺伝的要因、急激な性腺活動の低下、骨関節軟骨の循環障害との関連性も指摘されている。中年以降に発症し、年齢が進むに連れて発症率も高くなり、また、男性よりも女性に多いことが知られ、閉経期以後の女性に多いとされている。 (二)給食調理員に発症した変形性手指関節症についての公務起因性 給食調理員にかかる変形性手指関節症については、発症機序が明らかでなく、これに関する医学的知見も確立されていない。 他方、変形性手指関節症は給食調理作業に従事していない者にも一般的な疾病としてしばしばみられるものであり、また、誰しも発症するというものではなく、給食調理員でも発症しない者の方が多い。 手指関節に対する労働負荷は給食調理員に限ったものではなく、職員として公務に従事する者は、程度の差こそあれ手指関節に対する労働負荷を免れることはあり得ないし、日常生活においても不可避であって、給食調理作業による手指への負荷とそれ以外の日常動作等による手指への負荷とを分別することは不可能である。 給食調理員に変形性手指関節症が顕著に高い割合で発症し、しかも、発症する手指変形に一律性や特異性があるという事実はないし、発症した手指変形の態様との関係を合理的に説明しうる特有ないし顕著に特異的な作業内容、条件、環境が存在するということもできない。 したがって、給食調理員に発症した変形性手指関節症が公務災害と認められるためには、個々の事案に即して、公務量、公務歴、勤務状況、作業環境、作業態様及び相当因果関係を否定するような諸事情の存否等を総合評価して当該公務が変形性手指関節症発症の相対的に有力な原因と認められるかを検討するほかない。その場合、当該公務が通常の範囲内と認められる場合には加齢等の影響が考えられるため、相対的に有力な原因と認めることはできず、公務過重性が認められて初めて相対的に有力な原因と認められる可能性が生じることとなる。そして、公務が過重か否かは、当該公務に変形性手指関節症を発症させる危険が内在していたか否かの客観的な評価でなければならないから、当該職員のみならず、同種の公務に従事している同僚等にとっても過重であったか否かが問われなければならない。 (三) 公務過重性の判断基準 地方公務員災害補償基金の委託に基づき中央労働災害防止協会が行った平成元年から平成三年までの調査研究の結果報告(前記中災防報告)は、給食調理員にかかる変形性手指関節症の実証的研究に基づくもので最先端の医学的知見であるが、これによれば一定程度の経験年数等を超える給食調理作業と変形性手指関節症との間には有意な関連があることが示唆され、その目安として、給食調理作業の経験年数が一一年以上であって、かつ、総調理食数が二〇〇一食以上である場合が指摘された。 右指摘等をもとに、被告では、公務上外認定の公正を期すため、給食調理員の公務過重性判断の一応の目安(以下「被告の判断基準」という。)を次のとおりとして、これをすべて満たす場合に一応、公務が過重であったとしている。 (1) 当該職員の給食調理員としての経験年数が一〇年を超えていること (2) 当該職員の総調理食数が二〇〇〇食を超えていること (3) 当該職員の平均調理食数が、全国の同等規模施設における平均調理食数を超える年度数が当該職員の経験年数の半数以上に及んでいるか、それに準じる著しい公務過重の状況であるといえる特段の事情があると客観的に認められること (4) 当該職員が所属した給食調理施設において、当該施設における給食調理員の平均を下回らない程度の業務量、業務時間数、給食調理業務に従事していたと認められること 被告が右(3)及び(4)の要件をも必要としているのは、右(1)及び(2)は発症しやすくなるといい得る作業負荷についての目安に過ぎず、これを満たした場合に推測される因果関係は、せいぜい条件的因果関係の一部である可能性であること、中災防報告は有害な作業要因を特定できないとしているうえ、横断的調査のみであって縦断的調査(同一対象に対する経時的調査)がなされていないなど資料として十分なものではないこと、給食調理作業との関連性については否定的ないし批判的な見解が存すること、各種文献による給食調理員の変形性手指関節症の発症率が五〇パーセントに満たないことなどを考慮し、給食調理員の平均的負荷を超えて公務に従事したことが顕著であるといいうる者に限定する趣旨からであって、これらを満たすことを過重性の判断の目安としていることには合理性がある。 3 原告らの本件疾病の公務起因性 (一)→変形性手指関節症の罹患について 原告らは原告らの本件疾病が公務に起因するものと主張するが、その診断経過においては複数の医療機関を受診し、その診断箇所、診断内容、病名が区々であったことや、公務上認定請求に提出された原告ら両名の診断書の日付等や医療機関等が全く同一かほとんど共通であったことなどに照らすと、果たして右診断自体が正当であったかについては疑問がある。 原告らは現在に至るまで手指の痛みを訴えているが、手指変形性関節症に伴う疼痛はある程度の期間が経過すれば治まるのがほとんどであり、痛みが継続しまたは増悪し続ける場合は変形性手指関節症としては異常というべきであり、関節痛を来す膠原病等他の疾病が疑われる。 また、変形性手指関節症と慢性関節リウマチ等とは特に鑑別が困難な場合が多い。他方、スワンネック変形は、通常は外傷や慢性関節リウマチによるものであると疑われるものであるうえ、C反応性蛋白試験が異常値(正常値は陰性)を示す場合、膠原病等が疑われるところ、原告西田の昭和六三年一一月一九日の試験結果は陽性であった。 また、抗核抗体検査が陽性を示す疾患としては慢性関節リウマチ等があり、変形性手指関節症の場合には検査値は陰性(四〇倍以下)を示すとされているところ、原告宮崎の平成四年三月二七日の同テスト結果では八○倍の陽性を示していた。 (二) 原告らの疾患が変形性手指関節症であった場合の公務起因性について (1) 原告らの疾患が変形性手指関節症であったとしても、原告らが給食調理員として勤務していたセンターの公務が、通常の給食調理現場における公務状況と比べて顕著に過重な施設であったということはなく、かつ、原告らの当該施設における具体的個別的勤務状況が同僚と比べて過重であったという事実はない。 原告西田の本件疾病の診断を受けるまでの平均調理食数が、同等規模施設の平均調理食数を超えたのは、昭和四九年度と昭和五九年度の二年度でしがなかったし、原告宮崎の本件疾病の診断を受けるまでの平均調理食数が、同等規模施設の平均調理食数を超えたのは、昭和六一年度だけであり、しかも原告らの超過部分は全国平均を僅かに上回るというものにすぎず、到底、公務が過重であったとはいえない。 (2) また、変形性手指関節症は退行性疾病として一般的、かつ、中年以降ないし閉経期ころの女性に多く認められるものであるところ、原告西田は、松浦診療所で両手指変形性関節症等の診断を受けた当時満五五歳であり、原告宮崎も同診療所で両手指変形性関節症の診断を受けた当時満五〇歳であり、いずれも閉経期または更年期の中年女性であった。加えて、原告西田は本件疾病の診断を受けた前後に慢性関節リウマチ(疑)、頸椎変形関節症、肝機能障害(疑)、両初期白内障等の診断ないし診察を受けているし、原告宮崎も本件疾病の診断を受けた前後に関節部に関する頸椎症、腰痛症、左膝内症、右肩部・右腕部・右肘部・右膝部捻挫、両アキレス腱周囲炎その他の診断ないし診察を受けているのであって、原告らの病状は両手指に止まるものではない。 (3) 原告宮崎のバレーボール歴 原告宮崎は、昭和四四年から昭和六三年末までの約二〇年間にわたって豊中市のママさんバレー部に所属し週一回約三時間程度のバレーボールの練習をしてきたものであり、年に一、二回の突き指を繰り返してきている。原告宮崎は変形性手指関節症を引き起こしうる危険に身をおいてきたというべきである。 4 結論 以上によれば、原告らの本件疾病が原告らの公務である給食調理作業と相当因果関係を持って発症したことが明らかとは認められず、よって、これを公務外と認定した本件各処分に違法はない。 第四 争点に対する判断 一 公務上外の認定基準について 地公災法は、職員が公務上負傷し、若しくは疾病にかかった場合に同法所定の補償を行うこととしているから(同二六条)、被災者の疾病等が補償対象となるためには、公務上のものであることを要し、公務と疾病等との間に相当因果関係の存することが必要であると解すべきである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一一一号同五一年一一月一二日第二小法廷判決・裁判集民事一一九号一八九頁)。 そして、労災補償制度が、公務に内在または随伴する危険が現実化した場合に、それによって労働者に生じた損失を補償するものであることに鑑みると、公務と災害との相当因果関係を肯定するためには、公務に内在または随伴する危険が現実化して当該疾病を発症または増悪させたと認められることが必要というべきである(最高裁平成六年L第二四号同八年一月二三日第三小法廷判決・判例時報一五五七号五人頁、同平成四年(行ツ)第七〇号同八年三月五日第三小法廷判決・判例時報一五六四号一三七頁)。 また、このような訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を検討し、特定の事実が特定の結果を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものである(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号同五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁)。 以上の観点から、原告らの本件疾病が公務上の疾病に該当するか否かを検討する。 二 原告らの本件疾病について 被告は、原告らの本件疾病罹患について、その疾病名どおりの診断がなされた事実は認めながらも、その診断の正当性に疑問がある旨主張しているので、まず、この点について判断する。 (一) 原告西田が両手指変形性関節症、ヘバーデン結節と並んでスワンネック変形とも診断されていたことは前提事実記載のとおりであり、証拠(甲二九、三六、五八、五九、六〇、原告西田、同宮崎)によれば、原告西田が昭和六三年一一月一九日、松浦診療所で実施したC反応性蛋白試験の結果は一・二mg/dlで陽性であったこと、原告宮崎が右同日、同診療所で実施した抗核抗体検査の結果は八○倍で陽性であったこと、原告らは給食調理員に在職中から指の痛みを訴え続け、給食調理作業から離れた後も現在に至るまで、痛みは軽減したとはいえなおも疼痛が残っていると訴えていること、医学文献中には慢性関節リウマチに特有な手の変形としてスワンネック変形をあげるものもあることを認めることができる。 (二) 他方、証拠(甲五ないし一〇、一六、一七、三〇、四一ないし五三、乙一四六、一四八、一四九、証人田島、同梁瀬)によれば、変形性手指関節症のレントゲン写真上の特徴は関節裂隙の狭小化、軟骨下骨の硬骨化、骨疎の形成、さらには骨破壊などであること、原告西田の平成一〇年二月二六日撮影の左手指のレントゲン写真や原告宮崎の平成一〇年一一月一一日撮影の左手指のレントゲン写真には原告らのDIP関節やPIP関節に右のような特徴が強く表れていること、昭和六三年当時松浦診療所に医師として勤務していた田島は、同年一一月ころ、受診に来た原告らを診察し、レントゲン撮影なども行ったところ、既にその当時から原告らの手指関節には右のような特徴が表れていたこと、その際、田島は慢性関節リウマチも疑い、その検査等も行ったが、慢性関節リウマチとの診断には至らなかったこと、また、慢性関節リウマチによる手指変形がPIP関節に生じることはほとんどないこと、これらのことから、田島は原告らの手指変形を両手指変形関節症と診断したが、これに前後して原告らは市立豊中病院でもそれぞれヘバーデン結節と診断されていること、財団法人田附興風会北野病院整形外科部長梁瀬も原告らのレントゲン写真を検討するなどした結果、原告らの手指の症状は典型的な変形性手指関節症であると認めていること、医学文献には、スワンネック変形は慢性関節リウマチのみならず関節病変を含む様々な原因で起こりうるとしているものもあること、ヘバーデン結節が原因となってスワンネック変形が起こることもあること、田島らの昭和六三年ころからの給食調理員の変形性手指関節症治療の臨床経験では、疼痛がいつまでも消失せずむしろ増悪する場合も多数存したこと、札幌医科大学整形外科薄井正道らの調査研究によっても、ヘバーデン結節発症後、疼痛等を含め症状が悪化する例が三〇ないし四〇パーセント存したとの結果が得られていることを認めることができる。 (三) 右の認定事実によれば、原告らの手指の疾患が変形性手指関節症であることは疑いなく認められるところであり、原告西田のスワンネック変形も被告が主張するように慢性関節リウマチ等の可能性を疑わせるというよりは、むしろ、変形性手指関節症の同じ原因かあるいは変形性手指関節症を原因として生じたものと推認するのが相当であって、右(一)の認定事実から原告らの本件疾病罹患の事実を否定することはできない。 よって、原告らの本件疾病罹患には疑問がある旨いう被告の主張は採用できない。 三 給食調理員の公務に内在若しくは通常随伴する変形性手指関節症発症の危険性の有無及び程度 1 証拠によれば、以下の医学的知見や事実等を認めることができる(関係証拠は各項日ごとに摘示する。) (一) 変形性手指関節症の発症原因に関する医学的知見 外傷性のものを除く変形性手指関節症(またはヘバーデン結節に限定したうえで、あるいは逆に指曲症一般について)の発症原因に関しては、種々の医学的知見ないし研究報告がなされているが、その主要なものとしては以下のような見解がある。 (1) 手指への力学的負荷以外に主原因を求める見解 ア 加齢説(乙四、五、九、一四八。なお、乙四の見解は後に修正されている《後記(二)(3)》。) 加齢変化に伴う病態であるとし、手指の使用等職業との関係に否定的な見解(ただし、乙九は遺伝因子、機械的因子の関与をも肯定し、乙一四八も機械的因子の関与を否定できないとはするが、職業との関連については否定的である。) イ 遺伝要因説(乙七、一〇、一五三) 遺伝要因の関与によって発症するものであるとし、手指の使用等職業との関係に否定的な見解(ただし、乙一〇は、遺伝的素因の関連の指摘ないし推測に止まる。) ウ 加齢及び遺伝要因説(乙八) 加齢変化に遺伝要因も関与して発症するものとする見解 エ 酵素説(乙一一) 軟骨破壊には内因性、外因性の酵素が関与することが明らかになったとして力学ストレスを発症原因とする考えを否定する見解 オ 軟骨細胞説(乙一五二) 発症に力学的因子が関与していることは確実としながらも、変形性手指関節症を軟骨細胞が関与する病態とする見解 (2) 手指への力学的負荷を主たる原因とする見解 指節間関節にかかるカ学的負荷(「wear and tear」などといわれることがある。)により、指関節の異常屈曲とその反複による筋肉疲労などの結果、関節軟骨、さらに軟骨化骨が破壊され変形性手指関節症が発症するとする見解(甲四一、四二、証人田島) なお、以上の他にも化学刺激物質やホルモン異常との関係を指摘する見解が存することも窺える(乙一〇)。 (二) 給食調理作業と変形性手指関節症との関係に関する統計的ないし疫学的知見等 給食調理作業と変形性手指関節症の発症との関係に関しては概ね以下のとおりの調査研究が報告されている(関係証拠は各項日ごとに摘示する。)。 (1) 岡山大学医学部衛生学教室甲田茂樹の報告(昭和六三年) ア 第一報告(甲三の一) 学校給食調理員に発症している手指変形と給食調理作業との因果関係を明らかにすることを目的に、全国四四都道府県一〇九七自治体の学校給食調理員から四万四九〇九名(回答数三万八七五二名)を対象とし、また、中国地方六自治体の女子事務員九九七名(回答数七八三名)を対照群にして、質問紙法によって行った調査結果を分析したものである。この報告によれば、給食調理員の手指変形有訴率は事務員に比して有意に高く、手指の変形状況に影響を与えると考えられる因子との一対一の関連特異性は認められなかったが、手指変形状況と調理食数間に量−反応関係が認められ、給食調理員の手指変形は公務起因性があるというものであった。 イ 第二報告(甲三の2) 学校給食調理員に発症した手指変形の鑑別診断や医学的特徴を明らかにすることを目的に、K県K市の給食調理員一三四名全員を対象とし、また、同県女子事務員を対照群として健康診査の方法で行った調査結果を分析したものである。この報告によれば、他の職業要因の影響やリウマチ等既知の疾患によるものではない給食調理員の手指変形有所見率は四七・二パーセントで事務員に比較して有意に高く、左右の発症差はなく、二ないし五指のPIP、DIP関節に多く、骨、関節系の異常に加え、スワンネック変形などの筋腱、靭帯異常なども認められるというものであった。 (2) 東京都老人総合研究所疫学部上野満夫及び自治労安全衛生対策室中桐伸五の報告(昭和六二年、甲四) 学校給食調理員の指曲症状の実態と職業要因との関連を検討することを目的に、岡山県一一市町村からセンター及び単独校の女子給食調理員、女子事務系職員各七一名を無作為抽出して検診を実施したものである。 この報告によれば、給食調理員は事務系職員に比しDIPの指曲症状の有所見者率が高く、有所見者比率はいずれの類型においても加齢とともに高く、勤続一〇年以上ではセンター、単独校とも給食調理員の方が事務系職員より指曲症状有所見者率が高くなっており、給食調理員の指曲症状には給食労働負荷との関連が強いというものであった。 (3) 鈴鹿回生総合病院院長藤澤幸三の報告(平成七年。甲三八) 給食調理員の指曲症状発症状況についての疫学的考察を行うため、三重県津市、鈴鹿市、四日市市の学校給食調理員及び医療関係施設に勤務する給食調理委員四二八人を対象とし、他方、これら医療施設の三〇歳以上の入通院患者及び職員合計三六四五人を対照群として、医師の直接検診の方法で行った調査結果を分析したものである。 この報告によれば、勤続年数との相関性を見出すことはできなかったが、給食調理員のヘバーデン結節陽性率は三〇歳代から六〇歳代まで有意に高値を示し、一般人口中における陽性率より明らかに高率であって、指曲症状が手指を強く使用する調理業務に由来する可能性を強く示唆するというものであった。 (4) 中災防報告(平成四年三月。乙三、一五五) 中央労働災害防止協会は、地方公務員災補償基金の委託により、給食調理業務といわゆる指曲症との因果関係等について一定の結果を得ることを目的として「学校給食施設における給食調理員の勤務実態等に関する労働衛生学的調査」を行った。調査対象は平成二年度末現在でいわゆる指曲症認定請求者のいる東京都、兵庫県、札幌市及び北海道の計四八の学校等の給食調理施設に勤務する給食調理員二五三名(男性二二名、女性二三一名)であり、調査内容は、勤務実態調査、健康生活調査、労働医学的検査、レントゲン撮影を含む整形外科的診断等であった。中災防報告はその調査結果の分析報告であるが、これによれば、指曲症は医学的には手指に発症した変形性手指関節症と考えられ、ヘバーデン結節及びブシャール結節もその一つであって指曲症の典型例と考えられるとしたうえで、給食調理作業との関連性に関しては、概ね、次のとおり報告している。 ア 手指の変形性関節症に対して、作業要因としての牛乳瓶等取扱い経験の手指所見への関与は明らかでないが、経験年数、給食数が年齢の影響を超える関連を示していることにより給食調理業務は変形性関節症の発症に関与していることが示唆され、両者間に因果関係があることが推測された。 イ どの程度の作業負荷が発症しやすくするかの検討では、別紙表F9ないしF13などの総合所見分布状況等からして総調理食数二〇〇一食以上でかつ経験年数一一年以上が目安になると考えられる。 (5) 岡山大学医学部衛生学教室講師津田敏秀の疫学的観点からの分析(甲一二九ないし一三一、一三三) 中災防報告にある調査結果(別紙表F9及びF11)に疫学的分析をした津田の見解はつぎのとおりである。 ア 有意差 @ 総調理食数一〇〇〇食または一五〇〇食で区切つた場合でも、一〇〇〇食以下の発症率は○、一五〇〇食以下の発症率は二・三パーセントであるのに対し、一〇〇一食以上の発症率は一八・六パーセント、一五〇一食以上の発症率は一九・二パーセントとなり、カイ二乗検定数値(条件と結果とが関連がないという仮説が保持され得るか否かを判定するために疫学上用いられる確率で、これが五パーセント未満の場合には右仮説が棄却されることになる。)はいずれも五パーセント未満となって有意差がある。 A 経験年数を五年で区切った場合でも、五年以下の発症率は○であるのに対し、六年以上の発症率は一八・六パーセントとなり、カイ二乗検定数値も五パーセント未満となって有意差がある。 イ 寄与危険度割合(暴露群の中に発症した症例の中で、暴露によって増加した症例の割合)を、一〇〇〇食以下または経験年数五年以下の給食調理員を対照群とした内部比較で算出すると次のとおりとなる。 @ 一〇〇一食以上での発症者が当該作業経験によって発症した蓋然性は計算上一〇〇パーセントである。 A 経験年数六年以上の発症者が当該作業経験によって発症した蓋然性は計算上一〇〇パーセントである。 これらの計算数値には遺伝的要因、性差、加齢が交絡要因(注目している原因以外で、その原因による影響の指標に影響を与える要因)として混入している可能性がなくはないが、このうち、加齢については一〇〇〇食以下や勤続年数五年以下の給食調理員には発症が認められていないから年齢調整をしたとしても結果は変わらないし、給食調理作業に従事していない者の発症者を対照群としたとしても、その発症率はわずかであるから右の寄与危険度割合が大きく変わることはないと予想される。 (三) 変形性手指関節症に対する公務上外認定の実情(甲四二、弁論の全趣旨) 平成元年に全国で一七二名の給食調理員が変形性手指関節症について公務災害認定の請求をしたが、そのうち七三名が認定を受けた(関西地区では大阪市が二七名中二〇名、大阪府が七名中なし、兵庫県が二〇名中一〇名、奈良県が六名中四名であった。)。 その後、平成八年には奈良県橿原市で五名が請求し全員認定され、平成一〇年には神戸市で二五名が申請し一四名が認定された(なお、神戸市の申請者中八名は平成一一年一二月当時未定であって、その後の経緯は不明である。)。 被告においても、平成一〇年六月以前において、給食調理員の指曲症状を公務災害と認定した例は二件存する。その一件は、従事年数二三年で、うち一二年が同規模施設の平均調理食数を超えていた事案であり、他の一件も従事年数一四年で、うち一一年が同規模施設の平均調理食数を超え、かつ、うち七年は同規模施設の平均施設の平均調理食数の二〇パーセント以上という事案であった。 2 右(一)ないし(三)に認定した医学的知見や事実等によって、給食調理員の従事する公務に内在ないし随伴する変形性手指関節症発症の危険性の有無及び程度について検討する。 (一) 変形性手指関節症の発症原因 右1(一)に認定した医学知見等によれば、変形性手指関節症の発症原因には未解明な部分が少なくなく、一方には外部からの力学的ストレスが発症の主たる原因であることを否定する見解もあることは認められるが、それらの見解も主たる発症原因をいかに理解するかについては内部で帰一するところがない状態であって未だいずれも一般的な承認を得るに至っているとはいえない。 他方、力学的負荷が発症原因になるという見解は、変形性手指関節症の病像(前提事実のとおりであり、これには争いがない。)とも矛盾はないし、事務職員に比して給食調理員には手指変形有所見率が有意に高いとの甲田や上野らの報告、三〇歳代から六〇歳代までの給食調理員のヘバーデン結節陽性率が一般人口中における陽性率より明らかに高率であるとの藤澤の報告、変形性手指関節症の発症に調理食数や経験年数の関与が考えられるという中災防報告、さらには、前記二(二)に認定の発症後も症状悪化の進行し続ける例が相当割合を占めるとの薄井らの報告にあるような単なる退行性変化というのみでは説明しにくい事態をも統一的に説明し得るのであって、発症原因に関する現時点での医学的な解明状況等に照らすと、手指に対する力学的負荷を発症原因とする右の見解を根拠のないものとすることはできない。 また、被告によるものも含め給食調理員に発症した変形性手指関節症が公務上のものと認められた事例も少なくなく、それらの詳細は明らかではないが、被告が一定程度の公務過重性が認められる場合には公務上と認定する運用をしていると主張していることなどに照らすと、これらの事例も給食調理作業に含まれる手指への過重負荷が公務上認定の理由となったものと推認され、手指への力学的負荷が変形性手指関節症の発症原因となりうることは労災補償行政の運用上も承認されているものと考えられる。 (二) 給食調理員の公務に内在する変形性手指関節症発症の危険の有無右のとおり、変形性手指関節症の発症には手指への力学的負荷の関与が考えられるし、給食調理員の公務中には手指を多用する作業が多く含まれており、手指への力学的負荷がかかることが少なくないとしても、給食調理員のすべてに変形性手指関節症が発症しているわけではないし、他方で、手指を酷使するとは考えられていない事務職などにも一定程度変形性手指関節症の発症者がみられるというのであるから、給食調理員に変形性手指関節症が発症したからといってそのすべてを公務に起因するものと認めることはできない。 そこで、問題は給食調理員がいかなる公務に従事した場合に、発症した変形性手指関節症等を公務上のものと認めることができるのかであるが、給食調理員が従事する公務の一々を取り上げれば、日常の家事労働などのなかにも同種の作業が少なからず含まれているし、前記甲田の第一報告や中災防報告をみても変形性手指関節症の発症に特定因子の関与を見出すことはできないというのであり、他に特定の有害因子が存することを認めるに足る証拠もない。 しかし、給食調理員が従事する個々の作業は日常の家事労働などと異質とはいえないとしても、給食調理員としての公務となると、その処理量は膨大となり、これに伴って使用する器具も大型化するなどの相違があるのが通常であるから、これを全体としてみるときは日常家事などとは同列に論じ得ないし、手指へのカ学的負荷が発症原因であるとする医学的見解を否定しがたいこと、現に給食調理員には他の事務職等と比較して変形性手指関節症の発症者が有意に多いという報告や経験年数や調理食数の変形性手指関節症発症への関与を示唆する中災防報告などが存することなどを併せ考えると、給食調理員の公務が一定程度過重になるときは、手指への力学的負荷の蓄積等により変形性手指関節症を発症させる危険を内在させるに至ると推認することができるというべきである。 (三) 給食調理員の公務に内在する変形性手指関節症の危険の程度 これに関し、中災防報告が、変形性手指関節症を発症させやすくする作業負荷の目安として総調理食数二〇〇一食以上で、かつ、経験年数一一年以上というのに対し、これを批判し、右報告を疫学的に分析して、総調理数一〇〇一食でも変形性手指関節症発症との間に有意差があり、また経験年数五年でも同様に有意差があるとする見解があることは前記認定のとおりである。 しかしながら、右分析の食数、経験年数を二分して有意差を判定する手法には疑問があり、これを採ることはできない。 他方、被告は、中災防報告のいう目安を参考として、それらを満たしたうえ、なお、当該職員の平均調理食数が、全国の同等規模施設における平均調理食数を超える年度数が当該職員の経験年数の半数以上に及ぶことなどを公務上認定の運用基準にしているなどというのであるが、これは、詰まるところ、全国の平均的な水準以下の給食調理業務に従事している限りでは変形性手指関節症発症の危険につながるような公務過重には至っていないという前提に立つものというべきである。しかるに、被告からは全国の平均水準以下の給食調理業務では変形性手指関節症の危険を内在しないという科学的な根拠は主張されていないし、これを認めるに足る証拠もない。 給食調理員の公務が、いかなる程度に達した段階で変形性手指関節症を発症させる危険を内在させるに至るかについて、一定の数値等をもってこれを示すことは未だ困難というほかないが、前述の上野らの報告(甲四)は、勤務年数一〇年以上の者の指曲症有所見者の比率が多いとしており、中災防報告の、食数を五〇〇食ごとに区切って有所見の割合を比較した別紙表F9によると、一五〇一食ないし二〇〇〇食における有所見割合が一六・七パーセントであり、累積割合が二・三パーセントから七・五パーセントに増加しており、また、同報告の勤務年数を五年ごとに区切って有所見の割合を比較した別紙表F11によると六ないし一〇年において有所見割合が一二・五パーセントであり、累積割合が○パーセントから六・八パーセントに増加しているのであるが、これらによれば、二〇〇〇食、一〇年を越えた点をもって目安とした中災防報告は合理性を持つものといえ、少なくとも中災防報告に示された目安にまで達しているときは、相当の危険を内在させるに至っていると認めることができるものというべきである。 ただし、中災防報告は、右各表から明らかなとおり、調査対象の母数が多くないこと、一五〇一食から二〇〇〇食、六年から一〇年の各過程において有所見割合が増加していることからすれば、二〇〇一食、一一年といった数値は単なる目安であって勤務期間中の公務の内容を勘案して判断することを要するのは当然である。 四 原告らの本件疾病の公務起因性について 1 証拠によれば、原告らの本件疾病発症に関わるものとして以下の事実が認められる(関係証拠は各項日ごとに摘示する。)。 (一) 原告らの従事した公務(甲五九ないし一二八、乙二二、四三、五八ないし六〇、六三、六四、七七、一二七、一三八、一三九、一四四、原告西田、同宮崎) (1) 原告らが勤務していた豊中市の各給食センターの通常日の勤務時間は、平成二年六月までが午前八時一〇分から午後四時一〇分までであり、同年七月以降が午前八時から午後四時一五分までであり、正午から四五分間、午後二時三〇分から一五分間は休憩時間であった。 一日の給食調理作業内容は概ね、別紙「原告らの業務内容」記載のとおりの流れであった。各作業は職員の分担制であり、負担が偏らないようローテーションが決められていた。 昭和五九年四月からは米飯給食が一部導入され、次第にその回数等が増加したが、平成元年には洗米機が設置され、以後洗米作業はなくなった。 なお、土曜日は午前九時から正午までの勤務であり、給食調理業務はなく、調理場の清掃等翌週に向けての附随業務であった。 また、学校が夏季、冬季、春季の休暇中やその前後の短縮授業になる期間は給食調理作業はなく、昭和六一年から平成二年までの五年間の各年間給食実施日は原告らいずれについても各年一八○日程度であり、この間、原告らが実際に給食調理に従事した日数は原告らいずれについても年平均一六〇日程度であった。 なお、原告らが勤務した期間中の各センターにおける給食調理員一人当たりの平均調理食数は前提事実記載のとおりであるが、実際には各センターとも不足を考慮して必要とされる量より一割ないし二割程度多めに調理するのが通常であった。 (2) 原告らが従事していた公務のうち、手指への負担が大きい作業としては以下のようなものがあった。 ア 食材が入っていた段ボール箱の処理 段ボール箱の開封や箱潰しの際には指先でホッチキスやガムテープを剥がしたりしなければならなかった。これらの段ボール箱は、一つのセンター全体でではあるが一〇〇箱前後にもなり、多いときには三〇〇個を超えるということもあった。 イ 食材の運搬等 調理場へ搬入、調理場内での処理、計量等で食材を移動させる際、手で重量のある食材を台車に積み卸ししたり、持ち運んだりしなければならなかったし、解凍のため重量のある冷凍食品を水槽に出し入れするなどの負担もあった。 ウ 下処理、上処理 ジャガイモ等の皮むきの下処理は男性職員の担当とされていたが、その他の食材の洗浄や食材の切裁等は手作業であり、手が開かなくなるほど包丁を長時間握ったままであったし、冷凍鯨肉を調味料の入った水槽に入れて手で引き剥がしたり、米飯給食時には洗米も手作業で行うなどの負担もあった。 エ 調理 調理用の釜は、一つの釜で児童食約一〇〇〇食分が調理できる大型のもので、加熱調理の際には、大型の木製かいを手で使用して大量の食材を攪拌するなどしなければならず、献立によっては食材の重量のため、木かいが折れることも少なくないほど腕や手の力を要するものであった。 オ 調理器具等 調理釜はハンドル操作によって傾ける構造となっていたが、そのハンドルは安全のため非常に硬くできており、これを手で回転させるには相当の力を要したところ、一日の調理中に複数回釜を使用する必要などから、右ハンドル操作を何度も強いられることになったし、釜の洗浄も手作業であった。 また、配食用の食缶は、その構造上(第一食缶)または変形(第二食缶)などのためふたが開きにくくなっていたが、分配のための過不足調整や使用後戻されてきたものの洗浄の際など、手指を使用してこれらの食缶のふたを開けなければならなかった。 さらに、食器はアルマイト製であり、使用後戻されてきた大量の食器を手作業で水洗い(皿などのアコーデオン洗い、スプーンの指先での洗浄など)して残滓を落としたり、重ね置きした際にくっついて剥がれにくくなった大量の食器を食器洗浄機のベルトコンベアーにのせるため手指を使用して一枚一枚に剥がしたりしなければならなかった。洗浄後の食器は食器寵に入れて食器棚へ収納するが、その際にも手で持ち抱えたりしなければならなかった。 カ 調理器具等の洗浄及び清掃 日常的にも、男性職員が学校へ給食の配送に出た後で原告ら女性職員が調理器具の洗浄や調理室の清掃をするなどしていたほか、給食調理のない学校の休暇中の時期などにセンター全体の設備、機具などの清掃を行っており、その際には床の簀の子の目などの細かい部分まで手作業で洗浄、清掃していた。 (二) 公務以外の変形性手指関節症の発症原因となる要因の有無(乙二七、二九、三一、七四、.七六、八○ないし八五、八七ないし八九、九一ないし一一八、原告宮崎) (1) 原告西田は、松浦診療所で本件疾病の診断を受けた当時満五五歳であり、同診療所で右診断とあわせて頸椎症の診断も受けたほか、平成元年ころ、市立豊中病院で両初期白内障の診断を受けた。また、同原告の閉経時期は五〇歳前後であった。 (2) 原告宮崎は、松浦診療所で本件疾病の診断を受けた当時満四九歳であり、これに前後する昭和六一年ころから平成二年ころまでにかけて、同診療所、市立豊中病院、阪神医生協診療所、宇野整形外科、森田医院、柔道整復師で、頚椎症、頚椎変形性脊椎(または関節)症、頸椎骨軟骨症、頸腱(ママ)腕障害、腰痛症、左膝内障、両手根屈筋腱鞘炎、両アキレス腱周囲炎、右肩部・右腕部・右肘部・右膝部捻挫、乾燥型(性)湿疹、左右外耳湿疹、汗冠状白癬などの診断を受けた(慢性関節リウマチとの診断がなされたこともあるが、これは結局確定診断には至らなかったものと認められる)。頸腱腕の症状は昭和五三年(同原告満三九歳)ころから生じているもので、そのころから整形外科等で治療を受けてきた。また、同原告の閉経時期は五一、二歳前後であった。 同原告は、昭和四四年ころから昭和六三年ころまで、ママさんバレーのチームにはいるなどして週に一回、二ないし三時間程度のバレーボールの練習などをしてきており、年に一、二回突き指をしたりすることもあった。 2 公務起因性の有無 以上認定の事実によって、原告らの本件疾病が公務に起因するものか否かについて判断する。 (一) 原告らは、前項(一)に認定したとおり、給食調理員としての公務に長期間にわたって従事してきており、その中には手指への負担が大きい種々の作業が含まれていたと認められる。 そして、原告らの公務が、所属したセンターの同僚等と比較して特に軽減されていたなどの事情は認められないし、日常調理する食数は不足を考量して多めに作っていたというのであるから、原告らが従事していた公務には給食調理員の公務一般に考えられる手指への力学的負荷が均質に含まれていたというべきであるし、また、原告らが給食調理員に採用されてから処理した一日当たりの調理食数は所属した各センターにおける給食調理員一人当たりの平均調理食数を下らないものであったというべきである。 そして、原告らが所属した各センターの平均調理食数は前提事実のとおりであるから、原告らの採用以来の一日当たりの調理食数は常に二〇〇食を超えており、原告西田の場合、採用から手指の異常を自覚するようになった昭和五五年の前年まででみても勤続年数は一〇年と半年、総調理食数三二七〇食であり、さらに、本件疾病の診断を受けた昭和六三年一二月までを加えると、勤続年数も一七年を超え、総調理食数では約六〇〇〇食というものであるし、原告宮崎の場合も、採用から手指の異常を自覚するようになった昭和六〇年の前年まででみても勤続年数は一一年、総調理食数三四八六食であり、本件疾病の診断を受けた昭和六三年一二月までを加えると、勤続年数では一三年を超え、総調理食数では優に四五〇〇食を超えるというものであって、中災防報告が変形性手指関節症を発症しやすくなる作業負荷の目安として報告している基準と比較したとしてもこれをはるかに超えるものであったのであり、原告らはその公務に従事することによって、明らかに変形性手指関節症発症の危険にさらされていたというべきである。 右のような原告らの従事公務の性質、内容、従事期間等に照らすと、原告西田のスワンネック変形も含め原告らの本件疾病は原告らの公務に内在するに至った変形性手指関節症発症の危険が現実化したものである可能性は極めて高く、その間の因果関係を肯定しうる高度の蓋然性を認めるに足りる事情があるものということができるのであって、他に明らかにその原因となった要因が認められない以上、経験則上、その間の因果関係を肯定するのが相当というべきである。 (二) 被告は、原告らの本件疾病の発症原因が公務以外に存すること示唆する主張をしており、これに関しては前項(二)のとおりの事実等を認めることができるのであるが、これらのうち、原告らが本件疾病の診断時に前後して種々の疾患の診断を受けていたとしても、それと本件疾病の発症とがいかなる関係にあるというのかその詳細は明らかではないし、変形性手指関節症の発症が単なる老化現象の現れとしては説明しがたい面もあることなどからすると、右の事情によって、明らかに原告らの本件発症原因が公務以外にあるとは到底いえない。 また、原告宮崎がバレーボールの練習等に携わってきたことやその際突き指をすることがあったという点にしても、同原告の本件疾病の発症が外傷を直接の原因とするものと認めるに足る証拠はない(むしろ、証人田島、乙一四八によれば、外傷性のものではないと認められる。)し、同原告が携わってきた程度のバレーボールの練習等が変形性手指関節症発症の有害要因となるとの証拠もないのであって、これによっても、明らかに同原告本件発症原因が公務以外にあるなどとは到底いえない。 五 結論 以上によれば、原告らの本件疾病は、原告らの公務に起因して発症したものと認められるから、その間に相当因果関係がないとして公務外と認定した本件各処分は違法であり、取消を免れない。 よって、主文のとおり判決する。 大阪地方裁判所第五民事部 裁判長裁判官 松本哲泓 裁判官 松尾嘉倫 裁判官 西森みゆき (別紙) 右は正本である。 平成13年4月25日 大阪地方裁判所第五民事部 裁判所書記官 和泉 博